会長の部屋

創業50周年の歩みから

 1.音痴よばりしない

   音楽がよくわかっているかのテストに、アメリカのシーショアテストがあり、知能との関係を調べた

   データを見ますと、国語、算数では関係があるようですが、音楽に関しては、普通の知能指数で

   あれば関係なく、音楽能力は伸びるというデータがあります。ご自分のお子さんを音痴よばりしない

   でください。(昭和53年発表会より)

 2.つくる教育

   人は生まれて自然に「ことば」を教えられ、文字を覚え、やがて、自分の意志を音楽で伝えるための

   文章を書きます。 

   音楽では「うたうこと、ひくこと、きくこと」は教えられますが、自分の意志を音楽で伝える「つくる」

   ことがなかなかできない。教える側に問題があると感じてほしい。

 3.社会貢献

   音楽に関る人は感性が豊かな人。毎年、小学校児童会から「ベルマーク・ノート・エンピツなど途上国の

   子どもたちに届けてください」と持ってこられます。ですから、25年間もフィリピン西ネグロス島へ。

子どもが作曲、管弦楽指揮も子ども、応援した生徒も合唱

植林活動をとおして

 楽器に使う木材。私たちの周りの家具に至るまでの木材は、ほとんど輸入されできたものばかりです。

1970年代、フィリピン・西ネグロス島の人たちは安い賃金で輸出国の人たちの為に働いてきました。

山岳地帯の大量の木を伐採し、また海岸線に茂っていたマングローブ林は良質なパルプ材として、エビの養殖場として

伐採しました。

現地の人たちは、いちじ、現金収入があり恵まれたかもしれませんが、山岳地帯に木がないため、大雨ごとに災害を受けることになりましたし、海岸線は波により浸食し、魚介類は以前より減少、いっぺんに生活を脅かすようになりました。それを追い打ちするように、1980年代、砂糖を主産業にしていた現地住民の暮らしは砂糖の価格が世界的に大暴落した煽りを受け、現金収入は減り、多くの子どもたちが犠牲となる飢餓の島といわれるようになりました。

安心して親が働けるための保育所を求めていることを知り、建設支援のために支援コンサートを開催(1980年12月3日)

建設する事ができました。同時にマングローブを植樹するきっかけにもなりました。

 人間の欲望でマングローブ林、山の木を伐採してきました。このために様々な災害を起こしてきました。

木を植えるとき、現地の子どもたちが手伝います。その時の笑顔。「自然を取り戻そう」共通の認識から、

「自然と人との共存」の大切さを知ることができました。音楽を習っている子どもたちにもそうした心を伝えたい。

「マングローブを植えよう」「木を植えよう」という趣旨で参加していただいた多くの皆さん、現地の子どもたちのために学用品を集めていただいた児童・生徒の皆さん、また多くの協力者のおかげで植林と支援コンサートを継続してこられました。心からお礼と感謝申し上げます。 

                             2012年11月16日

                            「社会活動功労者」賞 愛知県知事大村秀章より頂いて

                                           伊藤 安信

植林活動

楽器に使う木材のうち、殆どが発展途上国からの輸入によるものです。

少しでも、お返しをしたいという思いから楽器晴海堂㈱では平成元年より、フィリピン西ネグロス島バゴ市へマングローブ植樹支援と小学校へ学用品を贈っています。

会長 伊藤安信

愛知学芸大学(現愛知教育大学)音楽科卒業。

平成3年11月イスラエルフィル、コンサートマスターなどによるキララトリオ演奏会アンコール曲でスケルッオ、平成4年6月NHK名古屋放送局で名フィル、トップ奏者とピアニスト武本京子によりピアノ五重奏曲の作品が演奏される。平成6年12月三好文化センターにてピアニスト武本京子・愛知教育大学管弦楽団によりピアノ協奏曲を自ら指揮して演奏する。平成7年愛知国際交流会より国際交流推進功労受賞。平成9年三好町(現みよし市)より教育文化功労受賞。

愛知芸術文化協会員

植林支援と支援コンサートの足跡

1989年12月03日  第1回植林支援コンサート(東郷町民会館ホール)

          初演「管弦楽のためのアリア」 収益金 (財)オイスカ支援寄付

1990年02月17日  フィリピン西ネグロス島バゴ市ダガール海岸 マングローブ植樹活動

1991年11月26日  フィリピン西ネグロス島モルカボック島   マングローブ植樹活動

1992年06月20日  NHK名古屋放送局

          初演「ピアノ五重奏曲」名フィル奏者と武本京子

1993年02月04日  フィリピン西ネグロス島バゴ市ダガール海岸 マングローブ植樹活動

1993年11月04日  初演ピアノトリオ「スケルッオ」 イスラエルフィル・トップと武本京子

          (みよし市サンアート)

1994年12月04日  第2回植林支援コンサート(みよし市サンアート)

          初演「ピアノ協奏曲ハ短調」  ピアノ武本京子

1996年12月22日  第3回植林支援コンサート(みよし市サンアート)

          初演「管弦楽の為の三好囃子」 収益金 (財)オイスカに寄付

1997年02月17日  フィリピン西ネグロス島バゴ市ダガール海岸 マングローブ植樹活動

1998年12月20日  第4回植林支援コンサート(みよし市サンアート)

          初演「ファンタジーの音楽会」 三好町制40周年記念事業

2000年12月03日  第5回植林支援コンサート(みよし市サンアート)

          初演ミュージカル「おいしい国のまじょ子」三好町ミレニアム事業

2001年08月23日  第6・7回植林支援コンサート(バコドロ市ホール)

          初演ヴァイオリン曲「スケルッオ」     

2003年04月05日  第8回植林支援コンサート(みよし市サンアート)

          初演バレエ音楽「まじょ子とドキドキの森」 二条宗女バレエスクール

2004年11月07日  第9回植林支援コンサート(みよし市サンアート)

          初演音楽劇「まじょ子とラブラブのメロディの国」 

2005年08月23日  第10回植林支援コンサート(バコドロ市ホール)

2006年06月04日  豊橋市制100周年記念バレエ音楽公演(豊橋勤労福祉会館)

          バレエ「まじょ子とドキドキの森」 笹野バレエ研究所

2007年05月20日  第11回植林支援コンサート(みよし市サンアート)

          初演「青空の階段」バリトン米丸史朗 世界から失明者を救うコンサート

2007年08月20日  フィリピン西ネグロス島バゴ市ダガール海岸 マングローブ植樹活動

2009年08月23日  フィリピン西ネグロス島バゴ市ダガール海岸 マングローブ植樹活動

2009年11月22日  第12回植林支援コンサート(みよし市サンアート)

          初演バレエ音楽「モットしゃちょうとモリバーバのもり」

          収益金…植林支援として(財)オイスカに寄付 バレエ団豊田シティバレエ団

2011年02月25日  ロシア・サンクトペテルグエルミタール美術館劇場

          「モットしゃちょうとモリバーバのもり」公演 

           環境問題のテーマバレエ音楽として注目されました

2011年08月07日  第13回植林支援コンサート(みよし市サンアート)

          初演合唱曲「カッパ・ねずみ」 収益金…東日本大震災「白砂青松」復興に支援

2011年12月16日 「夢のトリオ」コンサート(みよし市サンアート)

          初演ピアノトリオ「おどり」 東日本大震災「白砂青松」支援

          ヴァイオリン豊嶋恭嗣(サイトウキネンオケ・コンマス)チェロ藤森亮一(N響首席奏者)ピアノ武本京子 

2013年07月07日  武本京子とワルシャワ・フィルソリスト(みよしサンアート)

          初演ピアノ五重奏曲より「スケルツオ」 東日本大震災「白砂青松」支援

「ピアノの学び」

 音楽は、演奏する方も聴く方も感動するようでなければいけない。指が速く動き弾ける、

そこには音楽の素晴らしさを表現する、感性がなかったら聴く人にも感動を与えない。

ピアノを弾く時、けっして、機械的に速く弾くことを目的であったらいけない。

 音楽の素晴らしさを表現できる「感性」は、音楽を学ぶことによって育ちます。そうした音楽の学習は

やがて、感性のひとつ、人にも、ものにも「思いやり」が育ちます。

 

わたしは50年以上、会社経営と作曲活動をしてきました。2011年2月25日、バレエ音楽の本場、

ロシア・サンクトペテルブルク、世界遺産エルミタージュ美術館劇場で、わたしの作曲したバレエ音楽

「モットしゃちょうとモリバーバのもり」を豊田バレエ学校の生徒さんが公演したとき、会場でブラボーの歓声。

出演した生徒と観客が共に感動したひとときでした。

 

 音楽を学ぶ人は、「人に感動を与えられる」すばらしい人になってほしいと願っています。

「音楽は演奏する方も聴く方も感動することは大切」

                  ~50年間のヤマハ音楽教室発表会プログラムより~

 

 昭和43年5月に新製品エレクトーンB-2が売り出され、この時を契機に当社においてもリードオルガンに変わり

エレクトーンを多くのお客様にお買い上げいただいております。

 47年にリズム付のB-6が発売されて以来、今日まで当社においてはリードオルガンは1台もお買い上げになった

お客様はありません。このわけはストップ付オルガンはとにかくごく一般的なリードオルガンを弾いた場合、右手の弾くメロディーも左手の弾く伴奏も同じ音量と強弱になってしまいます。本来、楽器で音楽的に表現する時、メロディーは伴奏の音量より大きくするように、エレクトーンはそうしたことが簡単に出来ることを社員みんなが知り、そのよさをお客様にお伝え出来たからこそだと思っております。

 最近のエレクト―ンは音楽的に表現できる様々な機能を沢山そなえています。それらを上手に引き出して弾く楽しさを味わえる生徒さんたちは、幸せですし、これからもすばらしい機能を充分発揮できるよう努力してほしいと思います。

                                昭和62年 エレクトーン教室発表会より

 晴海堂ヤマハ音楽教室に通っている生徒さんは、自分の心に感じたことを曲に表してみんなのまえで立派に演奏できるように勉強に励んでいます。

 本日演奏しますのは、ごく一部の生徒さんですが、自分の気持ちを様々な楽器によって発表できることは、既に作曲家が作った曲を弾くのとは違い、大いに感動できるものです。

 私は10日程前に全部の曲を聴き楽譜もみました。楽譜は子どもらしい音譜の書き方となかにはI、VとかC、Gm等記号だけのものもありました。それでいて立派に弾けるし、アンサンブルもできていました。練習中、立石由美子さんは「社長さん、中根まり子さんはこういう曲だよ」といってエレクトーンで弾いてくれました。そして楽譜はみたことがないといっていました。聴いた曲がすぐ弾ける、記号だけでアンサンブルができる。こうした音楽力をつけている生徒に育ってきたこと、こうした生徒の演奏会ができることをうれしく思います。

                             昭和62年 ジュニアオリジナルコンサートより

平成26年11月1日  新会長・新社長就任